【年長4月③】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

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【年長4月②】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

それでは、追伸の続きをどうぞ。この時の会社の経営悪化こと、幼心に私も覚えています。母は「心配していない」と書いていますが、子どもは敏感なので感じてました。

昭和50年4月21日

母「景気が良くての花見ではありませんので、ちょっと淋しい花見でした。

でも、私は事務の内職を少しばかりやっており、あまり心配しない事にしておりますので、のんびり暮らしております。

ぐうたらなので、家の中まで手をまわさないので、ごたごたとして暮らしていますが、22日(火)訪問をお待ちしています」

保「お手紙ありがとうございました。昨日の御柱の話をミホちゃんが詳しくしてくれました。大月先生に逢えなくて残念だった様子でした。

“今度、先生がうちに来た時、おこと弾かせてあげる“と言ってくれましたが、生来の不器用ですので、聞かせて下さいませね。楽しみにしております」

お稽古中の一コマ

昭和50年4月22日

保「会社の方、大変なことになりましたね。お母様の持ち前の明るさで、切り抜けて下さることをお祈りしています。

家庭訪問は、25日の4:30頃に伺わせていただきたいと思います」

・・・・・・・・・

景気が良かった頃の社員旅行(私も特別参加)

この「勤務先の会社経営悪化」話は、まだまだ続いてて…しかし、このあと「あぁ、母は強いな」と感じる場面が出てきます。

 

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