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それでは、追伸の続きをどうぞ。この時の会社の経営悪化こと、幼心に私も覚えています。母は「心配していない」と書いていますが、子どもは敏感なので感じてました。
昭和50年4月21日
母「景気が良くての花見ではありませんので、ちょっと淋しい花見でした。
でも、私は事務の内職を少しばかりやっており、あまり心配しない事にしておりますので、のんびり暮らしております。
ぐうたらなので、家の中まで手をまわさないので、ごたごたとして暮らしていますが、22日(火)訪問をお待ちしています」
保「お手紙ありがとうございました。昨日の御柱の話をミホちゃんが詳しくしてくれました。大月先生に逢えなくて残念だった様子でした。
“今度、先生がうちに来た時、おこと弾かせてあげる“と言ってくれましたが、生来の不器用ですので、聞かせて下さいませね。楽しみにしております」
お稽古中の一コマ
昭和50年4月22日
保「会社の方、大変なことになりましたね。お母様の持ち前の明るさで、切り抜けて下さることをお祈りしています。
家庭訪問は、25日の4:30頃に伺わせていただきたいと思います」
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景気が良かった頃の社員旅行(私も特別参加)
この「勤務先の会社経営悪化」話は、まだまだ続いてて…しかし、このあと「あぁ、母は強いな」と感じる場面が出てきます。
別館ゆるみほ 