【年長4月②】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

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【年長4月①】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

先生が変わり、初っ端から連絡帳の域を超え「交換日記」がスタートです。

昭和50年4月15日

保「昨日は城山でお逢いしまして嬉しかったです。今日は楽しいレコードをありがとうございました。とてもかわいいので、保育園中に流しました。ホコリがついてしまいましたが、ありがとうございました。

明日は波田のお祭りに行くんだと、ミホちゃんがよろこんで話してくれました。」

昭和50年4月21日

母「昨日は御柱の山出しで波田へ行ってきました。波田小で軽食をとり帰ってきました。

(追伸)先日は思いがけず城山でお会いし、こちらも嬉しく思いました。

でも、私どもが作業中に皆でお花見をしたのは、社長が2年ばかり前、新会社を(株相場)設立し、それに信州〇工業の会社のお金を出資して失敗してしまったので

そのこげつきで今日か明日か解らない程にたたむ話も出ていますので、首切りもあったし、希望してやめられた人もあり

現在は12人ばかりになりましたので、もしも最後かもしれないから、残った人達で仲良く花見をしよう、と言うことで行ったところです。

つづく。

先生とバッタリ会った城山公園、画像は拝借しました

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母の勤務先の経営が大変なことになり、母もどこに気持ちをぶつけて良いのか分からず、思わず連絡帳に書いてしまった様子です。

しかし、追伸って短い文のはずなのに、母の場合はそれが通用しないみたいなので…追伸がまだ続きます。

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