【年少6月①】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

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【年少5月】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

伯父(父の兄)夫婦の強力なサポートにより、母が仕事で園行事に来られなくても、私は寂しい思いをしないで済んでいたようです。

今年の初め、父方の従兄弟の弔電で「幼い頃、松島の家でお世話になった…」と入れたかったのは、そんな思いがあったから。

感激された弔電

昭和48年6月1日

保「遠足には、義伯母さんに行っていただけたことを大変嬉しく思いました。ミホさんのために、そこまで手を差し伸べて下さり、職員ありがたいことと思っております。

今後もお母さんの都合がつかない時は、是非かわりに参加いただき、一年間の行事を滞りなく過ごしていただきたいと思います。

母「これからもよろしくお願いいたします」

昭和48年6月7日

保「午睡が待ち遠しいです。ほとんど毎日、お昼が済む頃になりますと、メソメソ…となります。

お昼寝が始まりますと、ゆっくり眠れますので、泣くことなく元気でいられると思います」

母「姿が想像されておかしいやら、先生の大変さがわかります。本当に感謝の気持ちで一杯です。

お布団は、110㎝位の赤ちゃんの時に使ったものです。身長分はありますので、今年はこれでお願いいたします。

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お布団は、これでしょうか(笑)

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