両親の思い出、残すもの

私、実家じまいを数年前に終えたが、両親のものを少しだけ名古屋の家に持ってきた。

でも、いずれは処分しなくては…と思ってて、今日、朝からゴソゴソと棚から「モノ」を出してきて、「いる」「いらない」のジャッジをしてる私。

今日処分したのは、実家の権利書、母の家計簿や証券会社関係

(私の名義だったので松本支店に電話して確認、口座は閉鎖されてた)

と、母が旅行先で撮った写真。

残したのは

私の母子手帳

父の運転免許証と

(息子に似てるよねー)

資格の証明書

私の保育園の連絡帳…など

「私が死んだ時に棺に入れてもらってもかさばらない量」

にしたつもり。

心を鬼にして、処分するものを見入らないようにしたが、やっぱり読んじゃって(笑)

中でも、母と保育園の先生たちとの「連絡帳」は、自分で言うのもナンだが、やり取りが圧巻で…

今、こういう日記がオークションで売れるらしい。

脚本家が参考にしたり、現実に起こってたことをドラマのように面白く読む人がいて、かなりの高値。

私、売却するつもりはないが、これ、どこかのSNSで

「突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日」

みたいな感じで、綴ろうかしら(笑)

最後は1976年3月24日…卒園式

一部抜粋

「この3年間、百瀬みちる先生、大月先生、水谷先生と皆、若くて美人でしっかりした先生に恵まれて、主人を急に病気で亡くし、力を失いかけていた私。

そして、水道会社に入り、土方の人達相手にやりずらい生活にすっかり疲れ切ってしまった私の生活を

精神的に支えてくださった美人の3人の先生方によって、ミホは癒やされ成長し、おしゃれに憧れる心もできたようです。

本当にありがとうございました。」

って、一部抜粋でこのボリューム…もう連絡帳の域を超えてる。

発信ができるかどうかわからないけど、客観的にみても先生方とのやり取りが人間臭く

早くに夫を亡くして子どもを育てる母親の苦悩がよく書かれている(って私、プロデューサー気分だわ)

ので、もしかしたらこのブログで不定期か、新しくブログを作るか…

なんてことを考えたり、このようにブログを書いてるから、片付けがまったく進まない!

これは一旦置いといて…今からシュレッダーの前に座って書類等処分してこよっと。

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