【年少7月②】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

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【年少7月①】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

プール、というか水は苦手だったみたい、やはりビビリな私。

ところで…母は昭和6年生まれ、先生方も存命ならば80歳近いので連絡帳は旧字体は多く、その場合は私が勝手に新字体に変換してます。なお、方言や時代の呼称はそのまま載せています

昭和48年7月25日

保「包帯をとって入りまして、そのまま巻かずにおりましたが、お願いします。

沢山の水に驚き、いくぶん怖がっておりました。一度、中で転んで泣いてしまい、余計に驚いたかもしれません」

母「保育園に行くのを楽しみにしていますので、よろしくお願いいたします。

上履きの件、柄物を履いているので、よその先生なのか生徒同士なのか注意されたらしく”お母さんね、上履き、あれは履いちゃいけないって…だけどいいね?”

と私に言うので、“出てくるまでいいよ、夏休み過ぎまで出て来なかったら、お母さんが、又、おまちへ行って買ってあげるから“と言ってありますのでよろしくお願いいたします」

昭和48年7月26日

保「給食の前にお便所に行ってきました。その時に外に出てテラスを通ってきたのか“靴があった“と言って履いてきました。

“どこにあった?” “外にあった” とのこと。とにかく白い靴が再びミホちゃんの足に収まっています。ご心配おかけしました」

母「色々とすみませんでした、ありがとうございました」

昭和48年7月30日

保「過日、缶を持って来ていただきましたので、それで灰皿を作りました。父の日のプレゼントとして、その間、ミホさんには“お母さんにプレゼントしようね“と言っておきましたので、飾って下さい」

母「どうもありがとうございました。ミホの成長の記録にもなりますので、大事に飾っておきます。

2人でもこんなに幸せなのに、3人だったらどんなにか幸せだろう、とそんな思いです。本当にありがとうございました」

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とにかく、上履きがあって良かった!しかし、「どこにあった?」「外にあった」って答えが…ざっくり(笑)

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