【年少7月①】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

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【年少6月②】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

連絡帳、毎日やりとりがあったわけではないですが、色々事件が起こるなぁ、と(笑)

当時の私と母

昭和48年7月10日

保「日本脳炎予防接種第2回目(初回の)がすみました」

母「どうもありがとうございました。紙袋もどうもすみませんでした。持たせてありますのでお願いいたします。本代は明日持たせますのでよろしく」

昭和48年7月20日

保「日本脳炎の件のプリント、お家の方で取っておいてください」

昭和48年7月23日

保「今日一日、様子を見ましたが、靴が出てこないのです。申し訳ありませんが、お家にあるものを使っていて下さい。

シャンプー、洗剤の空になったものがありましたら持たせて下さい、水鉄砲に使います。

母「白に近い柄物を持たせて 上ばき と書いておきましたがよろしくお願いします」

昭和48年7月24日

母「右足の甲が腫れておりますが、医者に行くのがイヤと言っておりますし、痛くはない様ですので、いえの薬をつけてやります。医者にかかった方が良いようでしたら、飛んでいきますからお願いします」

保「お医者さんへ行って来ましたので、遅れてしまいました。

明日のプールはいかがでしょうか」

母「多分、入っても良いと思いますので、仕度は持たせてやりますのでお願いいたします」

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この「上ばき紛失騒動」、柄物を履いていた私にチクリと物言いがつきまして…

さあ、どこに行ったのか、白い上履きはどうなる?

 

 

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