【年中7月①】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

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【年中5月6月】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

平日のスケジュールは、朝、母は私を自転車の後ろに乗せて園に送り仕事へ。

そのあと降園時間(15時半ごろ)に私を迎えに行って、一旦伯父夫婦の家に預け、また仕事へ。

そして夜に、仕事を終えて伯父夫婦宅に私を迎えに行き自転車で帰る、の毎日でした。

なので、自宅から近い保育園ではなく、伯父夫婦宅に近い保育園に通っていました。

昭和49年7月19日

母「昨日は先生が車で送って下さった由、誠にありがとうございました。3時頃は、今日は迎えに行かなくては、と思っていましたが

雨が止んで晴れたので、めったに外出しない私が、商店より資材が入荷したのでそれを調べに出て、雨が又、降ったのを全く知らないで仕事をしてしまい、大変申し訳ございませんでした。

ミホにも大変叱られてしまい、ほんとに申し訳ございませんでした。今後注意いたしますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」

保「昨日、雨が降りましたのでお迎えに来て下さるものと、待っておりましたが見えないようなので送りました。

お家が遠くてびっくりました。毎日大変ですね。(気にしないで下さい。ミホさんとドライブで楽しかったです)」

母「読ませていただき、うれしくて涙を流しています。どうぞミホをよろしくお願いいたします」

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だいたい、私の家から保育園まで自転車で20分、保育園から母の職場まで自転車で10分、保育園から伯父宅は自転車で5分、伯父宅から自宅は自転車で約25分、これを3年間続けていました。

一度だけ、車に後ろから突っ込まれた事故があったぐらいで(しかも無事)、歌をうたいながらの帰り道も楽しかったです。

母の職場の皆さん

【年中7月②8月】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

 

 

 

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