【年少4月】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

前の記事はこちら

【プロローグ2】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

 

いよいよ保育園が始まり、母の「自分の見えないところでの娘の様子」が気に掛かっているのがわかります。

ご近所友達

昭和48年4月14日

母「今朝もいつものように元気に起きましたが、鼻血が出て少し寝かせておきました。風邪気味かもしれません、よろしくお願いいたします。

トイレも食事もどのようにミホがしているのか気になっておりますが、先生方にお会いしてもろくなご挨拶もせず置いて来ますので、色々お世話になりますがお願いいたします」

保「比較的、ご飯などはこぼすように思います。今のところ、自分の食べたい量だけを食べております。

家庭訪問一覧表ができましたが、ご都合はいかがでしょうか」

母「結構です、よろしくお願いいたします」

昭和48年4月20日

保「今日の昼食の時は、大変上手にご飯を食べました。ほめてあげてください」

母「どうもありがとうございます」

昭和48年4月26日

母「園児服、いただきました」

昭和48年4月28日

母「赤白帽子を注文いたします」

保「わかりました。申し遅れてすみませんでしたが、土曜日も園で給食が出ますので、すみませんがコップ、はし、ナイロンを持たせて下さい。この日はパン食です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだ、この頃は横書きでいわゆる「連絡」のみ(笑)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です