【年長10月⑤】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

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【年長10月④】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

母も先生も字が達筆過ぎて、読めない字があります。推測して書いている部分もありますが、今回は推測すらできないので〇〇としました。

昭和50年10月15日

保「〇〇の分もいただいて恐縮です。お言葉に甘えて、いただきます。

今朝、皆でリレーをしました。ミホちゃんの番で走り出すと、すぐバトンを放り出して、お部屋にかけ込んでしまい、リレーが続かなくなってしまい

皆で驚いて迎えに行くと、バトンが口に当たったと泣いていました。

口は少し血が出ていましたが、たいしたことがなかったので“皆が待ってるから“と言ったら、ミホさんもわかってくれて、また初めから走り直しました。

そのあとはずっとご機嫌で、何度も何度も走っていました」

母「わがままな顔が想像されます。一人っ子で可哀想だと思えば、甘やかしすぎてわがままになるし

そうかといって、強く育てすぎて“ひねくれもの“になってもいけないし、大変むづかしさを感じています。

姉妹がいないから“さみしい“と毎日こぼしていますので、わがままにさせてしまうような気がします。よろしくお願いいたします」

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はい、わがままに育ちました(笑)思い返せば…その性格で小学校生活(以降)は大変だったと思います(友達と上手く交われない)。

【年長10月⑥】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

 

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