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私を含めた園児の一部が先生を泣かせてしまったこと…私はちゃんと母に伝えていたようで、このような長いラリーになりました。
昭和50年9月13日
保「まことに恐縮です。私の未熟ゆえの至らなさから、御心配をおかけしてしまい、お恥ずかしい次第です。
此の頃、子供達がとても活発になり、それはとても良いことで嬉しいことなのですが、私の今までの“おさえ“がしっかりしていなかったため
騒ぎだすと話を聞くことができない位になる状態になってしまうことがあり、いろんな行事が重なって、つい私も不覚にも涙を見せてしまいました。
私は眠る前に毎日“次の日に登園したら、今日は叱ったあの子には、このようにした仲直りしよう、あの子は抱きしめる位にして話し合ってみよう“などと
その日の私の行き届かなかったことを省みて、すぐにその子の所へとんでいって、詫びたい気持ちになることがしばしばなのです。
そして、朝は一人一人に笑顔で“おはよう“をして、いろんな会話を交します。とても楽しいひとときです。
毎日一人一人のニコニコ顔を見、やさしい心づかいを示してもらったり、多くのことを教えてくれる子供達に接し
やはり“保母“という職業ならでは味わえない嬉しさを与えてもらいながら
ちっとも言う事を聞いてくれないと言って、カッと怒ったり泣いたりなんて、自分でも情けなく許せない事だと思います。自分の弱さを見せつけられる此の頃です。
でも、それを救ってくれるのが、また、私を困らせてくれるこの子供達の邪心のない“顔“と“心“なのですから、私はまた、頑張れるのです。
私もしっかりしますので、お尻を叩きつつ見守っていて下さいね」
昭和50年9月17日
保「19日の小学校の運動会には、園より引率して行きますので、普通に登園させて下さい。なお、帰りもいつもと同じです」
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邪心のない“顔“と“心“

たしかに、子どもたちが騒ぎ出すと手がつけられず…しかし、これ、連絡帳なんですよね(笑)
別館ゆるみほ 
