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今回の先生の連絡帳は、まさに今の「私」です。この頃から周りの人の「おしゃれ」を褒めていたようです。
昭和50年6月21日
保「とても嬉しく拝見いたしました。
ミホちゃんは、とても服装などに敏感なところがあり、この3月の卒園式の時も、私たちがスーツを着ているのを見て
“水谷先生、美人!歌手みたい“
と言ってくれたので、とっても喜んでしまって大月先生にそれを話したところ
“ミホちゃん、私にもそう言ってくれたよ!“
と言うので、もう大変大笑いでした。どこへ行ってもその話をよくして、笑ったものでした。
お琴の練習も楽しみにしている様子ですね。ミホちゃんにとって世界で1番大好きなお母さんですもの、何もひけ目を感じられることはありませんね。
懇談会で、私もとてもあがってて、何を話したのか全然わからなかったのですが、ミホちゃんのお母さんは一生懸命聞いて下さいました。
とても私にとって心づよいことでした」
母「どうぞ、よろしくお願いいたします」
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八方美人だったようです、私。語彙力の問題なのかきれいに見えると「美人」という言葉を並べているように見えますが、私はこの1ページが大好きです。
でも、当時着ていた洋服は従姉妹(かしまし娘)からのお古ばかりだったので、自分が「これが良い」と選んで着ていたという記憶がないのです…だから、「服装に敏感」ということに最初はピンと来ませんでした。(人のことには口を出してたタイプか!)

別館ゆるみほ 
