【年長6月④】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

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【年長6月③】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

今回の先生の連絡帳は、まさに今の「私」です。この頃から周りの人の「おしゃれ」を褒めていたようです。

昭和50年6月21日

保「とても嬉しく拝見いたしました。

ミホちゃんは、とても服装などに敏感なところがあり、この3月の卒園式の時も、私たちがスーツを着ているのを見て

“水谷先生、美人!歌手みたい“

と言ってくれたので、とっても喜んでしまって大月先生にそれを話したところ

“ミホちゃん、私にもそう言ってくれたよ!“

と言うので、もう大変大笑いでした。どこへ行ってもその話をよくして、笑ったものでした。

お琴の練習も楽しみにしている様子ですね。ミホちゃんにとって世界で1番大好きなお母さんですもの、何もひけ目を感じられることはありませんね。

懇談会で、私もとてもあがってて、何を話したのか全然わからなかったのですが、ミホちゃんのお母さんは一生懸命聞いて下さいました。

とても私にとって心づよいことでした」

母「どうぞ、よろしくお願いいたします」

・・・・・・・・・・・・

八方美人だったようです、私。語彙力の問題なのかきれいに見えると「美人」という言葉を並べているように見えますが、私はこの1ページが大好きです。

でも、当時着ていた洋服は従姉妹(かしまし娘)からのお古ばかりだったので、自分が「これが良い」と選んで着ていたという記憶がないのです…だから、「服装に敏感」ということに最初はピンと来ませんでした。(人のことには口を出してたタイプか!)

【年長7月①】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

 

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