【年長5月⑦】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

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【年長5月⑥】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

やっと5月が終わります。

昭和50年5月29日

保「今日は、庭で5人ぐらいで丸くなって、バレーボールをしました。ミホちゃんもとても好きで、楽しく遊びました。

←ミホ

ホールで誕生会があり、さくら組は“かえるのうた”の輪唱と“おへそのうた”を歌いました。とても元気よくしっかり歌えたので、ほめられました。

ミホちゃんも輪唱、とても上手ですので、お母さんと2人で歌って見て下さい」

母「私が迎えに行った夜の松島からの帰り道は、いつも2人で歌って帰ります。今は寒くもなく、暑くもなく、自転車で1番良い時期です。ありがとうございました」

保「本当に1番良い季節ですね」

・・・・・・・・・・・

この時期は田んぼの蛙も騒がしく、ペダルを漕ぐ母の後ろに乗って、私も大きな声で歌っていたと思います。松島のおばちゃんが「私がどんなに(ミホの)お世話をしてやっても、お母さんが迎えにきたら(ミホが)お母さんに飛びつくから叶わないわ」と言っていたことがありました。母が迎えに来てくれることが嬉しくて、帰りは上機嫌で歌っていたのでしょう。

ご近所さんが作ってくれたアルバム

次回は6月の連絡帳です、やっと(笑)

【年長6月①】突然大黒柱を失った母1人子1人奮闘1095日

 

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